読書案内 「弱き者の生き方」 大塚初重、五木寛之(対談集)(毎日新聞社 1400円)

1 この本は、明治大学で考古学を専攻された大学の先生と作家の対談である。

大塚先生は海軍におられて、アメリカの潜水艦に撃沈された船が燃えながら沈むとき、

船から脱出しようとした自分の脚にすがる人を燃える船底へ蹴り落してしまった。

そして、自分が助かったという経験をもっておられる。

つまり、自分が殺人行為をしたという罪悪感を背負って今日まで生きてきたということを話されている。

五木寛之のことは私もすでに知っていて、ピョンヤンで生活していた時に、

ソ連兵がやって来て病気の母を踏みつけ、布団ごと外へ放り出して、結局亡くなられたことや

弟を置き去りにしてきたことなどの戦後体験がやはり語られていた。

 

2 東京大空襲は市民に対する無差別爆撃であるが、こういうことは非常に稀なことであり、

アウシュビッツや南京虐殺と同じジェノサイド(集団殺戮)そのものでないか。(36頁以下38頁)

しかも、その作戦をとったカーチス・E・ルメイ少将に、戦後日本政府は勲一等旭日大綬章を贈っている。

この点を五木寛之はどういうことかと言っている。

 

3 次に、ルネッサンスのころの教養人は「メメント・モリ」(死を思え)ということを象牙に書いて

机の上においていた。

そのことは、人間は死という怖い世界を通過することが大事なんだということを暗示している。

亡くなった人の冷たい肌の感触とか、死を身近に感じることが大切で、

そのことは人の命を軽んじる風潮と関係している。

つまり、現代では核家族化が進んでそういう体験が進んでいる。

五木寛之はピョンアンで母が死んだときに、盥に水を張って父と2人で遺体を洗った話をしている。(123頁)

 

4 人生を登山に例えるなら、無事に事故なく下山することも大事な仕事である。

実り多き下山と言うか、ゆっくりと成熟した豊かな下降をどのように人間的にしてやっていけるかが大切。

人間とは何かを考える。

生臭い俗世界から離れて自己と対話し、宇宙の中からちっぽけな存在である人間の姿を凝視する。

そういう後半生を送ってこそ豊かな人生といえる。(173頁)

 

5 アサガオの話である。アサガオの蕾は朝の光によって開くだけでなく、

それに先立つ夜の時間の冷たさと、闇の深さが不可欠であるという研究者の文章がある。(227頁)

本当に明るく生きるためには暗さを直視する勇気を持たなければいけない、

本当の喜びというものを知る人間は、深く悲しむことを知っている人間ではないか。

私もそう思う。

  mae

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