コラム「四面楚歌」

「四面楚歌」という言葉をよく使いますが、最近この言葉をよーく考えましたね。

 

始皇帝が前210年に死んだあと、楚の項羽と漢の劉邦という2人の英雄が争って、

劉邦が勝って漢が出来ますね。

そうすると、愛人の虞美人と一緒に追い詰められた項羽が「四面楚歌」になったということなので、

そこから考えると楚の歌に取り囲まれたのだから別に不安じゃないのではないかと思った訳です。

 

本を読んで、この点、包囲軍の中から楚の歌が聞こえてきて、

自国の民衆の敵軍に加わっているのかと悟り絶望したという意味とのことでした。

私の長年の曖昧な誤解はハッキリしたのですが、物事はよく考えなければなりませんね。

 

それから「ミャンマー」のことですが、

日本の中小企業もミャンマーに進出したいという相談がありました。

ミャンマー法は中国法とよく似ていますね。

西側が経済封鎖している間に中国がかなり入り込んでいて法律にも反映しています。

 

ところで、「ミャンマー」について、一体それはどこかと年長者に聞かれ、

「ビルマ」のことですと申し上げると、「そうか、いつからだ。」と質問がありました。

1989年に軍事独裁政権が国名変更をしたらしいです。

この軍事独裁政権にそんな権限があるのでしょうかね。

たしか、日本以外の国はそれを認めず、「ビルマ」のままだと思いますが・・・。

いつから日本は軍事政権を認めたんでしょうかね・・・。

私は「ビルマ」の方が良いと思いますが、スーチーさんに聞いてみたいですね。

  mae

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