コラム「日清・日露戦争」

息子と歴史の話しをしていた時に、

ふと日清戦争、日露戦争がなぜ起きたのかの具体的な話しをすることが出来なくて、

あれ?と思いましたね。

そこで、昔の教科書を読みました。

 

日清戦争を話す前に、中国の清のことについて考えなければならないですね。

清には皇帝がいました。

また、皇帝は満州人でしたね。ラストエンペラーで知っています。

 

清は270年近くも続いています。

そういえば、アヘン戦争(1840年~1842年)がありました。

これによりイギリスが出てきました。

フランスともアロー戦争をしてフランスが出てきました。

イギリス、フランスが出てきて、清も慌てて、

少なくとも朝鮮に対しては影響力を強化しようと思いましたね。

その頃、日本も朝鮮進出を考えて対立し始めて、日清戦争に突入して行ったようです。

その後、清はなんと日本に学べということで、多くの留学生を送ってくることになったようです。

 

さらに日露戦争ですが、イギリス、フランス、ドイツといった国が

中国に進出すると、キリスト教会も中国に建てられることになりますね。

これに対して、19世紀末にドイツが勢力を伸ばしている山東半島で義和団と呼ばれる

白蓮教系の宗教結社が、キリスト教会を焼き討ちするようになり、

これが有名な1900年の義和団事件のきっかけですね。

この義和団に西太后らも加わり、欧米列強に攻撃をかけます。

それに対して8ヶ国連合軍を組織して、清朝と義和団をやっつけたわけです。

この8ヶ国連合軍はよく教科書に8人の兵員の写真が載っていますので、あれかというものですが、

8ヶ国連合軍と言っても、その半分は日本軍で、次はロシアという具合でした。

そこで、この両国が極東アジアで勢力争いをすることになり、

日露戦争へとなったということです。

その後、中国国内でも清朝を打倒せねばということで、

孫文などの革命勢力が力を持ってくるようになり、1911年辛亥革命へとなりますね。

 

日本がロシアに勝ったことは、アジアの多くの国に希望や影響を与えて、

インド、アラブ、エジプトの独立運動などにつながりました。

ここから第一次世界大戦、太平洋戦争へつながっていくのですが、それはまたの機会ということで。

今回義和団事件というものが結構ポイントになっていることがよく分かりましたね。

  mae

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