コラム 「白熱教室」

以前、マイケル・サンデル教授の大学の授業がNHKで放送されて大変な視聴率を取りました。

私も二度くらい、TVで見ました。

 

サンデル教授は「正義」というものは何かということについて、会場にいる学生と対話する形で

「白熱授業」しておられましたね。その要点と解説をしたいと思います。

私の能力の範囲内での整理なので、充分なものでないことを前提として読んで下さい。

サンデル教授は、正義にかなった社会とはどういう社会かということを最初に問題にしました。

それについて、一つの考え方として、できるだけ大勢の社会のメンバーが、できるだけ大きな

幸せを実現できる社会、いわゆる最大多数の最大幸福ということだという考え方です。

 

これはベンサムいという人が功利主義として考えたものですね。

しかし、こういう考え方は、色々な人がいろいろなものを幸せと考えているので、

一つの尺度で測れるかということがあります。一元的な尺度しかないのはどうかということです。

 

また、そういう考え方は誰かが犠牲になることを正当化してしまうという点が問題です。

つまり、多数に入らぬ少数の人の幸福はどうなるのかということです。

 

そういう功利主義は普遍性がないと言われます。

誰もが受け入れられるという正義にとって大切なものがないということです。

 

何が幸福かは人により異なるので、利害、欲望などは正義の基準になりえないということに

なります。

 

では、何を基準にすればということが問題となります。

そこで、カントという哲学者は個々の人間は、好みや利害などを含め、それらを全て選択することが

出来るということが大事だと言いました。

 

つまり、自由であることが人間であることの普遍的な条件だと言います。

この自由は欲望の行くままに行動するということではありません。

カントは、理性的に選択するということで、自由の前に理性的であることが前提です。

 

カントの考え方は「必ず真実を言う」という定言命法が問題となります。

サンデル教授は、これに対して余命いくばくもないおばあさんがいて、その最愛の息子が突然事故

死したら、そのおばあさんに本当のことを言うべきかということを言います。

 

やはり、普遍性がないように思われます。

カントの考え方は、全ての他者を一律に公平に扱うとする点で躓きがあります。

 

サンデル教授は、コミュタリアンと呼ばれ、正義について共同体の共通善というものを主張して

おられます。

 

サンデル教授は、同性愛についてのマサチューセッツ州の肯定的判決について例に出しています。

 

つまり、結婚の目的は何かという点で生殖が目的なら、それは認められない。

しかし、老人同士の結婚や、子供を作らない夫婦もいる。

そうすると結婚の目的について生殖は無関係だということになります。

 

結婚の目的は二人の人物が排他的に性を含む相互扶助の関係に入ることである。

そういう独占的な愛情関係を共同体は善いことと看做してきたと言われます。

 

こういう考え方がサンデル教授の話の中心的なものです。

しかし、この考え方も共同体という前提が果たして現代社会で存在するかという点も問題である

ということですが、どうでしょうかね・・・。

  mae

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