コラム 「ある女性弁護士」

弁護士会からの通知で最近、ある女性弁護士が亡くなられたことを知りました。

実はこの先生のことを昭和50年頃に知っていました。私は大学の司法試験研究室にいて、

答案練習会の事務を担当していました。

 

その頃、中年の女性が答案練習会を受講したいということで申込んで来られて、

それを受付したのが私です。

確か、とても優秀な方で、翌年位に司法試験に合格されたと思います。

また、名古屋から毎週通っておられたと聞いていました。

名刺を頂いたら、「医学博士」とあったのでさらに驚きました。薬大を卒業されてから学位を取ら

れたと覚えています。私といえば、その頃も身の入った勉強をせずにフラフラしていましたね。

 

その女性が先の亡くなられた先生です。

それは、私が弁護士になれて弁護士会で久しぶりにお会いした時に分かりました。

声をかけていただき、時の流れを感じました。

こういう優秀な女性は仕事もビシビシやっておられ、独身の人がよくおられるのですが、その後、

結婚されたということが分かり、少し安心しました(別に私が安心することでもないのですが・・・)。 

 

私は、昭和50年からフラフラ人生を送り、25才、26才、27才の3年間を中心にやっと身の

入った勉強をするようになりましたね。

唯一の楽しみは、今は亡き先妻とのデートと新宿辺りの安酒場での飲み会でした。

夏はTシャツとジーパン、冬はトレーナーとジーパンという服装でしたね。上下とも紺でした。

 

文化的、芸術的創造とは全く縁のない生活でしたね。

確か、石川啄木は26才で亡くなったと思いますが、私と言えば、その頃は何らの文化的芸術的

な活動を一切することなく、確か小説すら読んでいないと思いますね。

 

とにかく、白紙の3年間でした。青年期の空白は大きいかもしれませんね。

  mae

Copyright© 2008 ito kunihiko All Rights Reserved.

アイ・ブレイン サニッシュ